今日は、大阪で会議でした。
近鉄特急に乗って行ってきたんだけど、会議が終わって宇治山田駅に着いて
改めてすごい駅たなって思いました。
古い西洋建築って感じかな、テラコッタの外壁にスペイン瓦、中のコンコースの吹抜けに八角窓などなど。

「・・記事の抜粋・・
1931(昭和6)年に、前年に開催された神都博覧会の跡地に参宮急行電鉄(現在の近鉄)の終着駅として誕生した宇治山田駅。手前の山田駅(現在の近鉄伊勢市駅)までは前年に開通しており、全通時の祝賀会には当時の鉄道大臣や三重県知事も参加したと記録されている。
鉄筋コンクリート造3階建て、西南端に5階建ての塔屋を設置。外壁はクリーム色のタイルで覆われ、要所にあしらわれたテラコッタやスペイン瓦がスパニッシュな雰囲気に仕上げている。ビルの中は、1階コンコース、2階改札、3階プラットホームに分かれ、威風堂々とした高架ターミナル駅は当時としては珍しい存在だった。そのような構造になったのは省線参宮線(現在のJR参宮線)を越える必要があったため。完成時は周囲に大きな建造物がなく、ホームからも遠景が楽しめたという。
駅舎の設計を担当したのは、故久野節氏。大阪の南海難波駅が入るビルや蒲郡ホテル(現在の蒲郡プリンスホテル)などを設計したことで知られている。同氏は元鉄道省の建築課長という経歴を生かした駅舎建築でも手腕を発揮。一般客と団体客でホームまでのアプローチ方法を分けるなど、随所に利便性が考慮されている。
路線開通により乗降客も増加
第二次世界大戦の戦火を免れた同駅は発展を続ける。鳥羽、奥志摩方面への観光需要が増したこともあり、1970(昭和45)年3月に近鉄鳥羽線、難波線が相次いで開通。1973(昭和48)年には第60回式年遷宮が執り行われ、神宮の参詣者数が年間800万人を数えたときには駅舎も賑わいを極めたと聞こえてくる。
また1949(昭和24)年から1968(昭和43)年までは、駅舎内に宇治山田市(現伊勢市)の消防本部が置かれていた。1階には消防車の車庫が、駅南側の塔屋は火の見やぐらとなり、消防署の役割も担っていた。市民にとって親しまれている理由が、こんなエピソードからも見て取れる。
威厳はそのまま国の登録有形文化財に
1993(平成5)年には、当時で28億円の工費を掛け、建築当初の形を保持しながら近代化を実現。建物を延伸する際には、陶器メーカーにタイルの色あせを再現させ、見た目に違和感が生じないように注力した。
そして2001(平成13)年、宇治山田駅は国の登録有形文化財に登録された。最近はコンコースに往時の写真が掲出され、来訪客の関心を集めている。
世相が変わり、修学旅行客や海水浴・潮干狩り目的の乗降客は減ってきたが、宇治山田駅を基点とした楽しみ方は多い。神宮を参詣するのはもちろん、他にも、おはらい町の中にある「五十鈴塾」で四季折々の講座に参加してみたり、駅近くの「河崎の町並み」でおかげまいり最盛期の頃に思いを馳せてみたり…。足を運んだ際には、未だ衰えることのないその威厳に触れてみるのも楽しいだろう。 」
ちなみに、皇族の方々も総理大臣も伊勢市駅ではなくこの宇治山田駅を使われるんです。
是非、地元の方も遠方からお越しになられる方も一度訪れてみてくださいね